「メンバーズデー(1月)」(2026/1/22)
メンバーズデー(1月)につき、”1月のお祝いと皆出席賞のお祝い”と、”ロータリーの友読み合わせ”、”会員スピーチ”をおこないました。
*1月のお祝い(会員誕生日、ご夫人お誕生日、ご結婚記念日、その他のお祝い)と皆出席賞
おめでとうございます。

*ロータリーの友1月号読み合わせ

*会員スピーチ
「中央競馬の歴史・馬主・記録」 臺会員(2020年7月入会)

今年はウマ年ですし、ドラマでも盛り上がっており、私の趣味でもある「中央競馬の歴史・馬主・記録」というテーマで、お話しさせていただきます。
競馬というと、馬券のイメージが強いかもしれませんが、実は日本の競馬は長い歴史と文化を持っています。
今日は、「いつ始まったのか」、「誰が支えているのか」、「どんな記録が残っているのか」、この三つに絞ってお話しします。
【中央競馬の歴史① 創成期】
日本の近代競馬は、1905年、東京の目黒競馬場から始まりました。そもそもの日本での競馬の起源は江戸時代からあると言われており神事としてとらえられていたみたいです。
軍馬育成の国策として、政府いわゆるお国が黙許して馬券販売が行われました。目黒競馬場のコースの外周そのまま道路となっております。ブラタモリで取り上げそうですね
【中央競馬の歴史② JRA誕生】
1954年、日本中央競馬会、いわゆるJRAが設立されます。ここから現在の中央競馬の形が整い、全国10か所の競馬場体制が確立されました。(札幌・函館・福島・新潟・中山・東京・中京・京都・阪神・小倉競馬場)JRAが特に大切にしてきたのは、「公正」、「安全」、「信頼」です。この仕組みがあるからこそ、多くの人が安心して競馬を楽しめています。この人物は初代JRA理事長は「安田伊左衛門」さん、元国会議員。武蔵野商工会議所の会頭、高橋勇さんではないです。

【馬主(うまぬし)とは】
ここで、競馬を支える「馬主」についてお話しします。馬主とは、競走馬の所有者です。馬を購入し、育成し、レースに出走させます。馬主には、個人馬主、法人馬主、組合馬主があります。馬主は、誰でもなれるわけではありません。成人であること、一定の資産や収入があること、社会的信用があること。さらに、JRAの審査を通過する必要があります。つまり馬主とは、趣味であると同時に、社会的責任を伴う立場でもあります。現在、JRAに登録されている馬主は、およそ2,800人です。個人馬主が約6割、法人や組合が約4割。レースに勝つと、「口取り式」という表彰の場に立つことができます。重賞に勝たないとコース上で口取りできません。これは、馬主にとって特別な瞬間です。

【中央競馬に残る主な記録①】
次に、競馬の記録を見てみます。
三冠馬は、これまでに8頭。(三歳時のみに出走できるG1レース皐月賞、日本ダービー。菊花賞)
無敗で三冠を達成したのは、シンボリルドルフ、ディープインパクト、コントレイル、デアリングタクトの4頭だけです。)
GⅠ最多勝利は、アーモンドアイの9勝。
そして、最多獲得賞金馬はフォーエバーヤングです。
これらの記録は、簡単には更新されません。
【主な記録②】
■最高額競走馬 6億円 → 獲得賞金0円
■安い競走馬で獲得賞金が多い 150万円 → 10億円
■最高種付け料(1回) 4,000万円(ディープインパクト)
■最高種付けシンジケート額 51億円(ディープインパクト)
ディープインパクトは年間平均200頭に種付けを行っておりました。ちなみにシンジケートとは、分かりやすく言いますと、種牡馬(子供を作る馬)を30人くらいで共同所有することです。種牡馬としての価値が51億円です。3連単:2,983万2,950円
WIN5:5億6,525万円 ※5レース全ての1着馬を当てる
【最大入場者数の記録】
中央競馬で、最大の入場者数を記録したレースがあります。
19万人ですよ!武蔵野市の人口が14万人ですからいかに凄い数字か分かりますね。ちなみに、第2位は?同じ年1990年12月23日、中山競馬場で行われた有馬記念です。オグリキャップの引退レースですね。その日の入場者数は、17万7,779人。今後この記録が更新されることはほぼありません。理由は、インターネット投票の普及、入場制限や安全対策、楽しみ方の多様化です。この記録は、競馬の人気だけでなく、時代そのものを映した数字でもあります。

【まとめ】
中央競馬は、70年以上の歴史を持つ日本の文化です。馬主、名馬、記録が、この世界を支えてきました。競馬は、スポーツであり、文化であり、人の物語でもあります。
最後になりますが、ぜひ、東京競馬場で移動例会を行いまし ょう。ご清聴、ありがとうございました。
「あらためて・・・自己紹介」 中村会員(2021年10月入会)

最近は会員皆様の努力で入会者 が増えきているので再度自己紹介を行いたいと思います。自分はたぶん、こちらにいらっしゃる諸会員の皆さんとは少し経歴が異なる人生を歩み、そして今ご一緒させていただいていると思います。
まず私の出身は西東京市、現在の西東京市保谷庁舎の近くで生まれ育っております。
保谷小学校、ひばりが中学校、都立保谷高校一期生として入学しましたが、二年に進級できずに、二度目の一年生の夏に同級生と校内でたばこ吸っているところを先生に見つかり、それが三度目という事で退学処分となりました。
高校を中退してからは、その当時アルバイトをしていたガソリンスタンドにそのまま社員として就職しました。当時は18歳(昭和49年)でした。吉祥寺東町1丁目、今の紳士服の「はるやま」さんの場所にかってあったガソリンスタンド千代田製油という会社です。千代田製油では多くのことを学ばせて頂きました。ガソリンの給油だけでなく、タイヤやバッテリーの販売、車検や法定点検、車両修理なども行い、更にエンジンオーバーホールや、載せ替え、ドレスアップパーツの取り付け、サスペンションや足回りのチューニング等も始めました。また危険物取り扱いに関する免許、整備士資格などもこのころ取得しています。特に営業所長になった27歳のころからは、自店舗の損益計算書の作成を教わり、その損益内容を他店と比較し収益改善を図っていくなど、事業所の儲けのシステムを自分の仕事を通して勉強させてもらいました。もちろん商品販売に関して他のお客様へのアプローチ、セールトーク等も他店店長と競いながら応酬話法などを重ね身に着けていきました。
さらに新規店舗の開店時には応援のため、近くの事業所に飛び込みセールスを行ったり、そのお客様事業所の本社にセールスに出向いたり、もちろん自店舗の近隣事業所にも継続的にセールス活動を行ったりしておりました。その頃、個人客へはがきでお得なキャンペー-ン情報を郵送するなども行っていましたが、まだその頃はあて名書きの主流は手書きであり、なかなか数をこなせない時間ばかりかかるなど悩んでいました。ちょうどその頃パーソナルコンピューターが普及し始め、会社に買ってもらうのもなんだから、個人で買おうと思い、NEC PC8801シリーズをインパクトプリンターを含めて60万円弱で購入し、宛名シール印刷で飛躍的に処理が速くなり、キャンペーン内容の印刷も簡単ではありますが、自分で行えるようになり毎週のようにはがきを投函しました。
その頃から商売について興味がわいてきたと思います。パソコンやそれに関連する、ソフトウェアー、その関連書物などを読み、各種免許などの勉強をしているうちに、自分に足りないものを感じ、高校に通い直しました。24歳から石神井高校の夜間に3年間通い高校を卒業しました。そのようなことをしているうちに自店舗の売り上げも上昇し、当時の元売りメーカーであった「ゼネラル石油」での売り上げ優秀店舗の表彰式などに呼ばれるようになりました。バブル期に差し掛かかっていた時期でもあり、生まれて初めてホテルオオクラでの、表彰式で壇上へ上がった、その後の立食パーティーでは、てんぷら屋台が出ていて揚げたてを食べその美味しさにびっくりし、また初めて塩で食べるてんぷらのおいしさに感動しました。また時には着席ディナーでフルコースを体験したり、さらに香港や、ハワイ、ヨーロッパ等のご褒美旅行にも毎年招待してもらいました。
その時も頑張るといい事があるんだなぁと思いましたが、今思うとそれこそロータリー哲学である「最もよく奉仕する者、最も多く報いられる者」という言葉が当てはまるものなのだと妙に納得できました。
そんなガソリンスタンド勤務時代でしたが、自分が得た最大の価値あるものといえば、やはり吉祥寺に根付きながら、この地で商売を続けている方々とお客様として知り合えたことです。今当社でお世話になっているお客様には、このガソリンスタンド時代に取引をして頂いていた、あるいは知りあった方々が多くいらっしゃいます。
新婚時代は吉祥寺に住んでいました。当時は当クラブ事務局の藤野さんのご実家が営まれていた、「富士ハイム」という賃貸アパートに入居しておりましたが、その1階店舗では藤野さんのおばあちゃんがお酒の小売業もやってらっしゃって、ときおり私の長男を膝の上にのせて遊んで頂いたと家内から聞いております。また家内が買い物に行っているちょっとの間、長男を見ていてもらったり、両親が我が家に訪ねて来た時にそれを知ったおばあちゃんから一升瓶のお酒をたびたび頂いたりと、父も母も大変感謝しておりました。当クラブに入会してから、藤野さんがおばあちゃんのお孫さんだったと聞かされものすごくご縁を感じました。その当時は藤野さんはまだ高校生だったと伺っております。
また金子会員ご自身はご存じないと思いますが、勤務先のガソリンスタンドにはよく奥様が給油に来られておりました。本当におきれいな方で、昨年の年末親睦会でお見掛けしましたが、さすがにお話はできませんでした。相変わらずの上品さにとても懐かしく思うとともに、これもご縁だな~と感じてしまいました。また当社の吉祥寺オヒィースの前を肩を並べて歩いていらっしゃる仲の良いお姿もお見掛けいたします。
当クラブ会員である武蔵野ガラス社長の伊藤会員父上である故巌会長にはガソリンスタンド時代よりかわいがっていただきました。創業時には2年半の長きにわたり事務所を無償でお貸りして、事務所で使う備品なども頂き、そしてお仕事も頂き、伊藤会員の母上である故君子さんからも事あるごとに会社の実務を教えて頂き、そして今は伊藤社長や妹さんにも公私ともに大変お世話になっております。伊藤会員からロータリークラブ入会へのお誘いを頂いた時に、これも何かのご縁だと思いすぐに入会を決断しました。
35歳で創業し34年(期)経過しています。約4年前に息子に社長業を譲りました。社業も安定し、「さぁ!!これから趣味を楽しむ時間を多く持つぞ~ 」と思っていた矢先、伊藤会員から「ロータリークラブへ入って!!」と勧誘されました。
もちろんロータリークラブとはどのような団体なのか、何をしているのか、など一切調べず、全く興味はなかったのですが、その頃は時間と心に余裕もできていた時期で、ましては伊社長からのお誘いなので、その時は深く考えずに受けることにしました。今では入会して本当に良かったと思っています。
ここで当社のことを少しお話をさせて頂きたいと思います。
当社は基本的には不動産賃貸仲介業です。現在の当社の売上げの約8割は、飯田グループ等のパワービルダや、積水ハウス、旭化成、ダイワハウスなどハウスメーカーの、全国の建築現場で必要な各種作業、不動産調査、仲介業務、建築に関わる各種官庁への申請や代行等々、雑多な業務を、現場や事業所、支社、本社などから依頼を受けワンストップ処理を行うという市場規模の小さいニッチな業務を行っています。また現在、自社所有の収益物件二棟の運営管理も行っており、その売り上げは全体の5パーセントほどあります。中央線・三鷹~荻窪間の駅徒歩5分以内を目標に、相続対策も兼ねて3年ほど前から購入しています。今後も継続して購入を進めていく予定です。
当初は一人で始めたこの仕事ですが、現在の社員数は吉祥寺本社、吉祥寺店舗、所沢店、名古屋店などの拠点で約40名。北海道から沖縄まで協力店(者)なども含めると全体で80名ほどで日々の業務を行っています。自慢といえるところは、創業から一度も赤字を計上したことはなく、毎期所得税等の納税に励んでいます。また借入金はなくすべて自己資金での経営を行っています。また税務調査がこの26年間一度も入っていない事?などが誇れるところだと思っております。
ロータリー哲学の理念である「最もよく奉仕する者、最も多く報いられる者」、また「二重の理を得て、甘き毒をくらい、自死するべき事多かるべし」や、「義を先にし利を後にする者は栄える」、また「三方よし」など、言葉の真の意味や、重みは、いまの年齢となり今まで経験した過去を振り返ってみると、自身の心にしみる言葉だなと実感します。また日々自分への戒めとしています。
数年間皆さんとロータリー活動を共にし、日々の自分自身の行動の一つとなっている今は、当武蔵野中央ロータリークラブへ入会できたこと、歴史があり地域に根付いた方々とクラブ運営の活動ができることを誇らしく思います。
あと自分の趣味のことを少々話させてください。
毎年12月後半から3月下旬までは、ほぼ毎週の土日+アルファで長野県内のスキー場で滑っています。今年は全日本スキー連盟の指導員検定も受験する予定です。
4年前ですが、三鷹市大沢にあるガレージ兼倉庫で、日産キャラバンという大型貨物バンの荷台内装を一旦すべてはがして、キッチン、ベッド、椅子、床、物入などの造作作成とサブバッテリーシステムの構築と、FFヒーターや12Vクーラー、ルーフにパネルの貼り付け等、内外装を1年半掛けてキャンピングカーに改造しました。 この車両は自身で陸運局に持ち込み構造変更を受けて、キャンピングカー登録「8ナンバー」を取得しました。4WDなのでスキーにはいつもこの車両と出かています。嬉しさのあまりに車名を「チャレンジャー」号と命名し、車名ステッカーをボディーの前後に貼ったりしています。厳寒の中で車中泊は楽しくて時間と手間をかけても造って良かったと思います。
またマツダロードスターとポルシェ911でサーキット走行も楽しんでいます。サーキット走行用の改造は自分で行います。クラブで年に2.3度はサーキットを貸し切り走っています。サーキット内で軽い接触事故を起こすこともあるので、最近では簡単な板金塗装まで自分で行うようになりました。
最近は乗ることも少なくなりましたが、気候のいいときはバイク(ホンダCB1100かヤマハR1-Z)でツーリングも行きます。定番コースは、奥多摩湖から大菩薩峠を走り甲府盆地のフルーツラインを抜けて、河口湖、山中湖を通り道志道を走って約320キロのツーリングを友人達と楽しんでいます。
そして6月から10月中旬までは、ほぼ毎週末に浦賀にあるマンションとマリーナを起点に、東京湾内や、三浦半島の、城ケ島、佐島、シーボニアあたりでボート浮かべて、海水浴&船上ランチなどを家族や友人達と楽しんでいます。これからも楽しい人生を送れたら嬉しいと思います。
以上で自分のことはだいたいわかって頂いたと思います。
ウィークデーは皆様と和気あいあいとロータリー活動を楽しみたいと思います。どうぞこれからもよろしくお願いします。ご清聴ありがとうございました。
