活動報告

私たち東京武蔵野中央ロータリークラブは、さまざまな職業のメンバーが
その経験と知識を生かして社会奉仕活動や人道的活動に取り組んでいます。

「メンバーズデー(7月)」(2026/7/16)

その他の活動

今年度も引き続き、毎月1回「メンバーズデー」を設けます。

メンバーズデーでは、

①親睦活動委員会より、会員のお誕生日、ご家族のお誕生日、ご結婚記念日、その他の記念日の発表があり、皆でお祝いします

②会長エレクトによる”ロータリーの友”の記事の紹介・・・一緒に読み合わせをすることで、より理解が深まります

③会員によるスピーチ。職業奉仕委員会とも連携したプログラムで、基本的には自身の職業について深堀します。職業以外にも、入会直後のイニシエーションスピーチでは語り切れなかった趣味や、ロータリー愛を語るかたもいらっしゃいます。

この日は、2名の会員のご結婚祝いも行いました

*ご結婚おめでとうございます

*7月のお祝い(会員誕生日、ご夫人お誕生日、ご結婚記念日、その他のお祝い)

おめでとうございます。

*会員スピーチ(チャーターメンバー 萩野会員)

前々年度の伊藤会長の発案で始まった”メンバーズデー/会員スピーチ“です、その時も私がトップバッターを務めました。チャーターメンバーのスピーチが続き、それぞれの会員の職業や趣味の話などをゆっくりと聞くことができて楽しいですね。鈴木会長年度もそのまま引き継がれたのでまだまだ一周しないだろうと思っていたのですが・・・・、新しい会員も増えたので、あらためて創立時のエピソードや、武部先生の話をしたいと思います。

まず、クラブ創立の経緯についてお話します。武蔵野グループから初めてのガバナー・上田さんがいらした武蔵野RCは当時70名近い会員がおり新会員を受け入れることができませんでした。そこで、倉内元会員と当時のロンロン副社長の谷口元会員の二人が武蔵野RCから移籍され新しいクラブを立ち上げようとなりました。武蔵野RCの井野さんが「(当時)亜細亜大学の学長・武部先生の話を一緒に聞こう」と声をかけてくださり、初めて私は武部初代会長にお会いしました。武部先生と池田会員は知り合いだったので、まだ39歳で青年会議所に籍があった私に「JCからも何人か入れたいから紹介してもらいたい」と話しが進みました。金子会員や三宅会員を始め商店街の錚々たる顔ぶれとJC出身者、中里会員などボーイスカウトで繋がりのある人などが会議室に集まり、準備委員会では、君が代の歌い方やロータリーソング、タクトの降り方などを歌手の岡本敦郎先生に教わりました。

また、私たちの誇りである「バナー」にも触れておきたいと思います。ほかのクラブのものとは少し雰囲気の違うこのバナーは、設立時に大津鎮雄さん(日展の先生)が私たちのために描き上げてくださった成蹊学園の銀杏並木で、とても大切なものです。海外での交流の際にも、このバナーを掲げることで、私たちはいつでも胸を張って友情の輪を広げてくることができました。

創立時の会長は武部先生で、副会長や創立総会の実行委員長、認証状伝達式の実行委員長を決めるときに、私は忙しいからとお断りしました。「忙しいのは誰でも同じだ。天の声だとおもって黙って引き受けなさい。」と武部先生に言われました。武部先生の言葉はとても深く、クラブの精神というか、本質に大きな影響を与えてくださったと思っています。

12月1日に創立総会で正式にクラブが発足しました。RI加盟時(1983年12月29日)の会員数は41名です。新高輪プリンスホテルの飛天の間での認証状伝達式が翌年1984年3月29日にあり、開催されるまでの数か月の間にさらに会員が増えて51数名となりました。

できたばかりの新高輪プリンスホテルの飛天の間は、1,000名以上の登録が必要だったので、東京中のクラブを回って、全国のロータリアン宛にご案内を送りました。限られた時間の中で会員が一丸となって奔走した日々を懐かしく思います。  チャーターメンバーでさえも、活動を始めたばかりの頃は、慣れないことも多く、戸惑うことが沢山ありました。大人の男性が集まって歌の練習なんてできるのか?と思っていても、今は当たり前となっています。ロータリーソングが流れると自然に口ずさむようになります。継続は力なりと言います、回を重ねるごとに自然と仲間との絆が深まり、クラブ運営の楽しさを実感できるようになるはずです。

今、若手からベテランまで多くのメンバーが、設立当時の精神や伝統を受け継ぎながら、変化の時代の中でも「奉仕の心」をもって変わらず活動を続けています。私たちのクラブがこれからも発展し続けることを確信しております。