「メンバーズデー(10月)」(2026/10/1)
*10月のお祝い(会員誕生日、ご夫人お誕生日、ご結婚記念日、その他のお祝い)
おめでとうございます。
*ロータリーの友10月号の読み合わせ(会長エレクト 中村会員)

皆さんこんにちは、中村2回目のロータリーの友読み合わせです。本日もよろしくお願いします。わたしなりに 気になった記事を、読んでいきます。
それではまず
*横書き3ページのRI会長のメッセージは一応理解しておいた方が良いと思うので読みました。また、次ページのロータリー財団 ジェニファージョーンズ さんも、ほぼ同じ内容ですが…要約しますと、ポリオ完全根絶への「最後の一歩」をロータリー、一丸となって推し進めましょう ということで、症例数は99.9%減にはなりましたが、依然として根絶(100%)には至っていません。世界のどこかに残っているポリオを撲滅させるために、持続的な根絶への取り組みを続けていきますと伝えています。この考えに沿って 私たち武蔵野グループも来年4/17近辺で、参加者に 真っ赤なポリオ撲滅 Tシャツを着て、たぶん井の頭公園でゴミラン(ゴミ拾い)を行う予定になっているので、皆様参加よろしくお願いします。目立ちたい方もそうでない方もぜひ参加お願いします。
続きまして、
*その横5ページに移動していただくと、「ロータリー会員増強コーディネーター御三方」「クラブの居心地を良くするための三つの秘訣」ということで、谷一ガバナー年度の大きな目標している退会防止活動についての対策話しです。
まずは田中会員ですが、まずは じぶんへの 戒めとして、当て字ですが、ロータリアン「老・太・狸・暗)と書いて、老害、自利の人、ずるい人、暗い人はという事ではダメです、愛されるシニアになるになりましょう。そうなるとですね。【明るい人、多くの友人がいる人、自利よりも他利の人、周囲の人が安心する人】という内容で、朗・多・利・安 ロータリアンになる事を目指そうということです。これはシニア会員自らが自省して若い会員から可愛がられる様に、また、若い会員を褒めることに努めようという事です。そうするとクラブの若い力によって、行動力、新しい考え方などが加わりクラブが活性化していくと説いております。
これは自分を含めて年配会員にとっては「納得できない!」、ちょっと耳の痛い話になるかもしれないですが、ただですね、老害現象は年齢には関係なく個人の地位とか、資質などによって、40〜50代の人でも おちいる事があるという事も ありますので、こちらにいらっしゃる方全員へのメッセージだと受け止めて頂きたいと思います。
*続いては、若林パストがガバナーのお話しです。退会って、一朝一夕の理由ではないんです。日々溜まった「ストレスがあふれた時に起こりますと。これはよくわかりますね。
具体的な事で言えば、会員間の強要とか、無視、ちょっとからかったり、そんな態度や言葉でそれを受けた人にとったら、もしかしたら嫌な気持ちを抱いているかもしれない。ちょっと、「うっ!」と心に引っかかるような思いをしているかもしれない。という事です。この様な事をする方は、悪気なく冗談や ジョークの乗りで やってしまう事が多いと思うんですが、ここで重要なことは、された人の受け止め度合いが問題だと。これが難しいところです。特にロータリー会員の方々は、それぞれの分野で足跡を残された事を自負されている方が多いと思います。その自尊心を傷つけない配慮は、とても大切な事ではないかなと思います。そしてもうおひとかた中川会員ですが、 「会員満足度アンケート」を実施して率直な意見交換を行うことが大切だとのご意見でした。無記名で行うと良いんですかね。これも参考になります。以上ロータリー会員増強コーディネーターの助言でした。
*横の9ページです。貧困からつながる出生率の低下の記事ですが、時間が詰まっているので詳細は省きます。時間のある時に読んでみて下さい。
*縦書きの19ページ、あるある相談室、これはわたしも毎号楽しく見させてもらっています。今月は!
クラブを気軽に変わってもいいの?の相談です。
*あとですね、(たてぐみ)縦組2ページから6ページにわたる編集部の力の入った記事になります。22歳の時にカンボジアでの地雷被害を知ってNPO法人を立ち上げた 鬼丸さんの記事です。
*縦書き7ページ佐久ロータリークラブの田中省三さんの記事など興味深く読ませていただきました。皆さんも時間のある時にちょっと目を通して頂く癖をつけると、意外と面白いと感じるのではと思います。ありがとうございました。
*会員スピーチ(チャーターメンバー 三宅会員)

創立会員による卓話ということで、当時の混乱ぶり、初めて経験するロータリーのしきたりに困感する様子は、荻野会員、金子会員から詳細にお話して頂きました。もう忘れていたことなど、楽しいエビソードを、そんなことあったな、と領きながら思い出していました。
私の話は現在進行中の我がクラブの活動と絡めて、自分だけが経験した特異な話をしていきます。 今年度も私たち武蔵野中央ローターリータラプは武蔵野ロータリークラブと共催して、日赤との献血活動に取り組むことが決定いたしております。2月寒いときですが、駅前広場に 日赤の献血バスが来て、我々はロータリーのたすきをかけ、駅前でPRの声掛けを致します。 駅頭、サンロード入口など数か所に分かれてお願いします。ここ数年一応目標人数は遊成しています。
これは社会・国際奉仕委員会が推進する、唯一の対外活動です。今年度の川村委員長からも ガバナー訪問の際お話して頂きました。その際 三宅会員がこの活動に熱心に取り組んで 出席していると、一言頂きました。
そうなんです、私は血液の話になると身体の血がざわざわと動き、熱くなります。
皆さんはご自分の血液型を知っていますか?現在若い人のほとんどが血液型を知りません。 以前は出生時に血液型判定を行っていましたが、不正確とのことで現在は行っていないそうです。
血液型はABO 判定で A製、B型、O型、 AB型に分類されていますが、更に RH型分類 でブラスとマイナスに区分されます。それは明確に違います。通常医者から何も言われなければ、ブラスと解釈していいと思います、日本人の99. 5バーセントがブラス因子です。 O 型のマイナスは200人一人、AB 型のマイナスは2000人一人と言われています。欧米では15バーセントがマイナス因子です。これの人類的解明はできていません。
きて、私はO型のマイナスです。両親はブラスだと思います。昭和4 0年20歳の時に交通事故で東大病院に搬送され。手術、輸血をうけました。三ケ月の入院と自宅で長い療養で取り敢えず元気になりました。その後33歳になって、再発して今度は慶応大学病院に入院して再手術を受けることになりましたが、やはり輸血が必要のことで検査の結果初めてマイナスのことを説明されました。前回の輸血でブラスの血液を輸血されていることで、血液型が変性して、非常に難しいことになっているとのことです。蜂に二度刺されるとショックをお越し命にかかわるとされていますが、血液不適合の場合は死に至ることがあるそうです。初めて聞きました。 東大病院にて詳しく問きました。
昭和 50 年頃まで日本ではABO式の判定しかなく、アメリカがベトナム戦争で輸血による ショック死が多発したことで、やっと解った事なのでこちらに責任はありませんとのことでした。 その後社会復帰して元気に働いていました。
ある時、車の運転中にラジオから、ある大学病院でO型のマイナスの血液型の人、大至急来てくださいとの呼びかけが何度もありました。その時結構遠方にいて病院にはとても行 けそうはなかったのですが、大変衝撃を受けました。今後どうするか日赤血液センターに相談したところ、献血登録をして24時間体制で呼び出しに承諾書にサイン致しました。どの位の回数になるか覚えていませんが、夜中でも要請があれば日赤に行きましたが、飲酒した 時は断ることもあります。1週間に2度呼び出されて、行った時は医者が呼び出し係に激怒していたこともあります。おそらく数10回だと思います。
さて、私が最初の輸血を受けた当時は輸血の血液はほとんどが生血 (なまけつ) でした。 どこから調達したというと、民間の会社が全国の労働者の日銭稼ぎで集めていました。 新宿の百人町が最初だそうですが、東京では山谷地区や大阪のあいりん地区など、日雇い労働者の糊口凌ぐ稼ぎになったそうです。報酬は現在の価値で5000円位になったそうで す。しかし長雨があり仕事なく、月に何度も血を売ったことで、黄色い血液、比重が足らず、 輸血後肝炎が社会問題になりましたが、昭和59年駐日アメリカ大使ライシャワー教授が 19 歳の暴漢に襲われる、輸血を受けたところ、重症な肝炎になり政府は半年後には一挙に売血制度を廃止し、日赤に全てを委ねました。この事件は献血制度の確立と、SPの導入の契機となりました。
私は医学的に勉強しているわけでないので、不正確なことが有りましたらお許しください。 ちなみに私の長男はO型マイナスで世界でも親子関係がこれほど一致することは珍しい、 と言われました。長女と次男はA型マイナスでした。2人が高校生の時に、私の友人の更に 3人位人伝手でマイナスの輸血をお願いできないかと、要請があり都内の病院に行ったこと があります。現在は成分輸血で保存もできますが、やはり緊急事態でこんなことあるのですね。
もう少しで45周年、頭張れば50周年。創立会員も4名元気にしています。その時又チャーターの思い出を語る機会があるように願いまして、私の卓話ときせていただきます。
