「米山月間に因んで」(2026/10/8)
「AIがつくった脳MRIは、研究に使えるのか? ~生成AIと脳画像で、脳の病気の理解を加速する」
米山奨学生 許さん

皆さま、こんにちは。順天堂大学大学院 医学研究科 データサイエンスコースの許涵と申します。本日は、このような発表の機会をいただき、誠にありがとうございます。今日は私の研究について、専門の知識がなくても分かるように、できるだけかみ砕いてお話しします。テーマを一言でいうと、「AIがつくった脳のMRI画像は、本当に研究に使えるのか?」です。どうぞよろしくお願いいたします。

まず簡単に自己紹介をします。私は医学研究科のデータサイエンスコースに所属し、脳のMRI画像を、AIと統計の手法を使って分析する研究をしています。医学とデータサイエンスの、ちょうど間にある分野です。今日は4つのパートでお話しします。
1つ目は、研究を理解するための基礎知識です。MRIとは何か、脳の大きさを「測る」とはどういうことかを説明します。
2つ目は、私の研究の柱である「AIがつくった脳MRI」の研究です。
3つ目は、もう一つの研究として、パーキンソン病の発症を予測する手がかりを探した研究を紹介します。
そして最後に、まとめとこれからの展望をお話しします。
まずMRIについてです。MRIは、病院にある大きなトンネルのような装置で、強い磁石と電波を使って体の中を撮影します。レントゲンやCTと違って放射線を使わないので、健康な人でも安心して、何度でも撮影できるのが大きな特徴です。

この画像は、脳を頭のてっぺん側から輪切りにしたように見たMRIです。「T1強調像」という撮り方で、脳の形がとてもくっきり写ります。白っぽい部分は神経の線維が集まっているところ、灰色の部分は神経細胞が集まっているところ、そして黒い部分は、脳の周りや中にある水、「脳脊髄液」です。このように、MRIを使うと、生きている人の脳の形を、切らずに詳しく見ることができます。

では、脳の大きさはどうやって測るのでしょうか。デジタル写真が小さな点、ピクセルの集まりでできているように、3次元のMRIは、およそ1ミリ角の小さなサイコロ、「ボクセル」の集まりでできています。
手順は3つです。①まずMRIを撮影します。②次に、コンピュータのソフトが画像の中の脳の部位を自動で見分けて、色分けします。真ん中の画像の、色が付いた部分です。③最後に、右の拡大図のように、それぞれの色のサイコロが何個あるかを数えます。サイコロ1個の体積は分かっているので、個数を数えれば、その部位の体積――何ミリリットルあるか――が分かります。とてもシンプルですが、これが脳画像研究の基本的な「ものさし」です。

私の研究では、脳の奥深くにある8つの部位の体積を測りました。例えば黄色の「海馬」は記憶の中枢で、新しいことを覚えるときに働きます。水色の「扁桃体」は、不安や恐怖などの感情に関わります。緑の「視床」は、目や耳から入った感覚の情報を中継する場所です。
ほかにも、運動や学習に関わる尾状核・被殻・淡蒼球、やる気や報酬に関わる側坐核、そして呼吸や心臓の動きなど、生命の維持に関わる脳幹があります。
名前は覚えていただかなくて大丈夫です。「記憶の中枢である海馬」だけ、覚えておいていただければと思います。このあと何度か出てきます。
では、なぜ脳の体積を測るのでしょうか。その代表的な例が、アルツハイマー病です。アルツハイマー病は、認知症の原因として最も多い病気です。この病気では、脳の神経細胞が少しずつ失われ、脳が縮んでいきます。これを「萎縮」と呼びます。特に、先ほどの記憶の中枢・海馬が早い段階から縮むことが知られていて、物忘れの症状とよく対応しています。

グラフは、今回私が解析したデータでの結果です。健康な方の海馬の大きさを100とすると、アルツハイマー病の患者さんの海馬は約82、つまり約18%小さくなっていました。年齢や性別、頭の大きさの違いを調整した後の数字です。このように、MRIで体積を測ることで、病気が脳にどんな影響を与えているかを、数字で示すことができます。ここで大事なポイントがあります。「患者さんの海馬が小さい」と言うためには、必ず「比べる相手」が必要だということです。
例えば、ある子どもの身長が低いかどうかは、同じ年齢の子どもたちと比べてはじめて分かりますよね。大人と比べても意味がありません。脳も同じです。脳は年齢とともに自然に少しずつ縮みますし、男女や体格によっても大きさが違います。ですから、患者さんと比べる健康な人のグループ――これを「対照群」と呼びます――は、年齢・性別・頭の大きさといった条件を、なるべく患者さんにそろえる必要があります。
ところが、この「条件のそろった健康な人のMRI」をたくさん集めるのは、実はとても大変です。MRIの撮影には費用も時間もかかりますし、装置や撮影できるスタッフの数にも限りがあります。さらに、脳の画像は大切な個人情報なので、病院や国をまたいでデータを共有するには、厳しいルールや手続きがあります。そして、特定の年齢や性別の健康な人を、十分な人数集めるのは簡単ではありません。
そこで私たちは考えました。「健康な人の脳画像を、AIでつくることはできないだろうか?」これが、私の研究の出発点です。
1つ目の研究・・・・「AIがつくった脳MRIは、本物の代わりになるか?」です。
皆さんは、「猫の絵を描いて」と文章で頼むと、AIが絵を描いてくれるサービスをご存じでしょうか。こうしたAIを「生成AI」と呼びます。私たちの研究室では、この生成AIの技術を使って、脳のMRIをつくるAIを開発しました。使い方はシンプルで、「70歳、女性、頭の大きさはこのくらい」といった条件を入力すると、その条件に合った、もっともらしい脳のMRIを新しくつくってくれます。ここで大事なのは、つくられた画像は、実在しない「架空の人」の脳だということです。誰か特定の人の情報ではないので、プライバシーの問題が起きにくく、必要な人数を自由につくれる、という利点があります。
AIがつくった脳画像は、見た目はとてもリアルです。でも、「見た目がリアル」なことと、「測ったときに正しい」ことは、別の問題です。例えるなら、本物そっくりの時計の模型があったとして、見た目がそっくりでも、正しい時刻を刻んでいるとは限りません。研究に使うには、「測ったときに本物と同じ数字が出るか」が大切なのです。そこで私は、2つの問いを立てました。
1つ目は、AIの脳を測ると、本物の健康な人と同じくらいの大きさになるか。
2つ目は、AIの脳を「比べる相手」として使ったときに、アルツハイマー病による脳の萎縮を、本物を使ったときと同じように見つけ られるか、です。

研究の流れです。北米の大規模なアルツハイマー病研究「ADNI」のデータを使いました。対象は、健康な方319人と、アルツハイマー病の患者さん265人です。そして、健康な方319人それぞれについて、同じ年齢・性別・頭の大きさを条件にして、AIに「双子」のような画像を1枚ずつつくらせました。これで、「本物の健康な人」と「AIの健康な人」の2つのグループができます。次に、全員の画像で、先ほどの8つの部位の体積を測りました。測定には、世界でよく使われている2種類のソフトを使い、結果がソフトによって変わらないかも確かめました。
そして、Aの「本物の健康な人と患者さんを比べた結果」と、Bの「AIの健康な人と患者さんを比べた結果」が、同じになるかを調べました。
本物と、AIがつくった画像・・・・実は、専門家でも見分けるのは簡単ではありません。脳の画像を読む専門家である放射線科の医師2人に、本物とAIの画像を、どちらか知らせずに15枚ずつ見てもらい、画質を4段階で採点してもらいました。その結果、ほとんどの画像が最高点の「診断に最適」と評価され、本物とAIの間で、画質の点数に統計的な差はありませんでした。つまり、見た目については、AIの画像は本物と同じくらい高品質だと言えます。
では、測った「数字」はどうだったでしょうか。ここで、思わぬ落とし穴が見つかりました。AIには「頭の大きさ」も条件として指定していたのですが、実際につくられた画像の頭を測ると、本物より平均で12%小さかったのです。頭全体が小さいと、その中の部位もすべて小さく測られてしまいます。実際、そのまま比べると、8つの部位のうち7つで、AIの方が小さくなりました。この状態でAIの画像を「比べる相手」に使うと、病気の影響を間違って評価してしまい、部位によっては結論が逆になってしまうこともありました。そこで、AIの画像1枚1枚について頭の大きさを測り直し、その値で補正するという方法をとりました。これは、AIの画像を研究に使うときに必ず必要な手順だということが分かりました。これも、この研究の大事な発見の一つです。
頭の大きさを補正したうえで、本物とAIの体積を比べてみると・・・ここでは、「差が±5%以内なら、ほぼ同じ」という基準を、あらかじめ決めておきました。5%というのは、同じ人を2回MRIで撮ったときにも生じる程度の、測定のばらつきを参考にした数字です。結果、8つの部位のうち6つで、本物とAIは±5%以内、つまり「ほぼ同じ」と言えました。一方で、記憶の中枢である海馬はAIの方が約5%小さく、やる気に関わる側坐核は約11%大きいという、ずれが残りました。なお、もう1つのソフトで測ると、8つ中5つが基準を満たし、ずれが出る部位が変わりました。「どのソフトで測るかによって結果が変わる」という点も、重要なポイントです。
次に2つ目の問い、「AIの脳を比べる相手にして、病気の萎縮を正しく見つけられるか」です。まず良いニュースです。本物の健康な人と比べても、AIの健康な人と比べても、8つの部位すべてで「アルツハイマー病の人の方が小さい」という同じ結論になりました。また、部位ごとの萎縮の大きさのパターンもよく似ていました。相関係数は0.87で、これは「かなり強く一致している」という意味です。ただし、細かく見ると違いもありました。右のグラフは海馬の萎縮の大きさです。本物と比べると約18%小さいのに対して、AIと比べると約13%で、萎縮を約27%小さく見積もってしまいました。先ほどの「AIの海 馬が少し小さい」というずれが、ここに影響しています

研究1をまとめます・・・できたことは、AIの脳画像は、見た目が専門医の採点でも本物と差がなく、アルツハイマー病による萎縮の全体的なパターンも再現できたことです。一方で注意点として、頭の大きさは1枚ずつ測り直して補正する必要があること、海馬など一部の部位で偏りが残ること、そしてその偏りは、使う測定ソフトによって変わることが分かりました。結論として、AIの脳画像は、現時点では本物のデータの「代わり」にはなりませんが、本物のデータを「補う」ものとして、探索的な研究に役立つ可能性があります。この成果は、現在、国際学術誌に論文として投稿しています
2つ目の研究・・・・「パーキンソン病の発症を、MRIで予測できるか?」です。
パーキンソン病は、手のふるえや、動きがゆっくりになるといった症状が出る病気で、アルツハイマー病に次いで多い神経の病気です。実はパーキンソン病には、症状がはっきり出るよりも何年も前から「前ぶれ」があることが分かっています。その代表が、眠っている間に夢に合わせて体が動いてしまう「レム睡眠行動異常症」、そして「においが分かりにくくなる」ことです。レム睡眠行動異常症の方を長く追いかけた研究では、12年で約74%の方が、パーキンソン病などの病気を発症したと報告されています。しかし、一人ひとりが「いつ」発症す るのかを予測するのは、まだ難しいのが現状です。

そこで私が注目したのが、「脈絡叢(みゃくらくそう)」という小さな組織です。脳の中には「脳室」という、水で満たされた部屋があります。左の図の青い部分です。脈絡叢はこの部屋の中にあって、脳脊髄液という水をつくっています。この水は、脳を浮かべてクッションのように守ったり、脳の老廃物を洗い流したりする役割があります。いわば脳の「水をつくる工場」であり、「お掃除係」の一員です。最近、パーキンソン病やその前ぶれのある人では、脈絡叢が大きくなっているという報告が出てきました。右の画像の赤い部分が、AIのソフトを使って自動で見つけた脈絡叢です。私は、この脈絡叢の大きさが、発症のタイミングと関係しているかを調べました。
国際的な研究「PPMI」のデータを使い、前ぶれのある人のうち、その後パーキンソン病を発症した60人、発症しなかった163人、そして健康な方86人を比べました。

分かったことは2つです。1つ目は、発症しなかった前ぶれのある人では、健康な人より脈絡叢が約1割大きかったことです。
2つ目は右のグラフです。縦軸は「まだ発症していない人の割合」、横軸は年数です。線が早く下がるほど、早く発症していることを意味します。赤の「脈絡叢が小さいグループ」は、青の「大きいグループ」より早く発症する傾向があり、発症のしやすさは約2.4倍でした。ただし、この結果はグループの分け方によって変わり、その点を統計的に補正すると、はっきりした差とは言えませんでした。ですので、これはまだ「仮説」の段階の発見だと考えています。
この結果から、私は次のような仮説を考えています。前ぶれのある人の脳では、脳を守るために、脈絡叢が大きくなって「がんばっている」のかもしれません。つまり、水をたくさんつくって、老廃物の掃除を強化している状態です。そして、この「がんばり」がしっかりできる人は発症しにくく、うまくできない人は発症が早いのかもしれません。もしこれが正しければ、MRIで脈絡叢を測ることが、発症が近い人を見つける手がかりになる可能性があります。ただし、まだ仮説の段階ですので、今後は別のデータで確かめていく必要があります。
最後にまとめです。今日ご紹介した2つの研究は、テーマは違いますが、共通の思いがあります。それは、「データとAIの力で、脳の病気をもっと早く、もっと多くの人で調べられる ようにしたい」ということです。

研究1では、「データが足りない」という問題を、AIでつくった画像で補えるかを確かめ、使うときのルールも明らかにしました。
研究2では、MRIの中から、パーキンソン病の発症を予測する手がかりを探しました。
今後は、より幅広い年齢や、ほかの病気、ほかの国や施設のデータでも検証を進め、AIの画像を安全に使うためのルールづくりや、早期発見に役立つ指標の開発につなげていきたいと考えています。
最後になりましたが、このような奨学金によるご支援をいただき、心より感謝申し上げます。おかげさまで、研究に集中して取り組むことができています。

